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山口地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告(選定当事者) 岡部恭介

被告 山口県知事

主文

1、原告の本訴請求のうち別紙第三目録中脇政助に対する掘さく許可処分ならびに国鉄に対する動力装置許可処分の取消しを求める部分を却下する。

2、原告その余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)、被告がなした別紙第一ないし第三目録記載の各行政処分を取消す、

(二)、訴訟費用は被告の負担とする、

との判決。

二、被告

(一)、原告の請求を棄却する、

(二)、訴訟費用は原告の負担とする、

との判決。

第二、本案前の抗弁

一、訴願前置および出訴期間について

原告の請求のうち、別紙第二、第三目録中「被告の本案前の抗弁」欄に「訴願欠如」「期間徒過」の記載がある各処分の取消を求める部分は、それぞれ行政事件訴訟特例法(以下、単に特例法という)による訴願前置を欠いていることないし出訴期間を徒過していることなどの理由によりいずれも不適法である。

二、追加的請求について

原告の請求のうち、別紙第二、第三目録記載の各処分の取消を求める部分については、行政事件訴訟法(以下、単に行訴法という)一九条によれば、同法一三条にいう関連請求又は民事訴訟法二三二条にいう請求の基礎の同一性がある場合にのみ追加的併合が許されるものであり、当該行政処分をめぐる紛争の解決に直接役立つ請求であつて、かつまた別訴によつて処理されるのは好ましくなく、一括処理するのを適切とするものでなければならず、単に原告にとつて便宜であるとか事実上又は法律上同種の原因にもとづく処分であるという理由のみによつては許されないものである。ところで、右追加的請求にかかる各処分は、原告が本件訴状においてその取消を求めた各行政処分(以下、単に当初の処分という)とその相手方を異にしあるいは相手方は同一であつても新たな掘さく、増掘、動力装置利用、公共的利用の各許可処分であり、当初の処分に対する取消請求とその請求の基礎に同一性がなく、また行訴法一三条にいう関連請求でもないから、右追加的併合は不適法である。

三、訴えの利益

別紙第一目録中の行政処分の中には、原告の選定者たる株式会社かめ福が、その代表取締役たる梅林義生の名義で受けた公共的利用許可処分(昭和二九年一〇月二三日付指令薬一、七二七号ないし一、七二九号)が含まれているが、自己に対する許可処分の取消を求めることは訴えの利益を欠くものであつて不適法である。

四、許可処分の失効

本件各掘さく許可処分はこれにもとづく工事完了によつてその目的を達成し、その効力は工事完了によつて消滅しているから、右失効している許可処分の取消を求めるについて、原告らに法律上回復すべき利益が存しない限り、これが取消を求める原告適格はないものというべきであるが、原告らの泉源は、後記浅層泉源地帯内のいわゆる低温地帯に所在し、各自の泉源の深度と泉温は曖昧であつて右法律上の利益が害されたものと断じがたい。よつて、原告らは、本件掘さく許可処分の取消を求める部分につき原告適格ないし訴えの利益を有しない。

第三、本案前の抗弁に対する原告の答弁

一、訴願前置および出訴期間についての正当事由

(一)、原告らの本訴請求のうち、訴願を経ないで提起した請求は、すでに訴願を経て訴えを提起した請求と同一理由にもとづくものであつて、被告は厚生省の誤つた温泉法解釈にもとづき温泉行政を行つてきたものであるから、すでになした原告らの訴願に対する厚生大臣のなした却下ないし棄却の裁判の存する限り同一理由にもとづく訴願が認容される可能性はなく、かかる訴願を経ることは徒らに手続きを重ねるのみで無益である。従つて、原告らは訴願を経ないで右追加的請求をしたことについて特例法二条但書により正当事由を有する。

(二)、原告らが本訴請求のうちの一部につきそれぞれその出訴期間内に訴えを提起できなかつたのは、本件各許可処分が原告らに対してなされたものではないためその処分年月日、内容等を被告の開示に待たねば知りえないにもかかわらず、被告が原告らに対し湯田朝倉地区温泉についての行政処分関係書類の閲覧を拒否してきたので原告らにおいて右行政処分の存在、内容を知りえなかつた理由によるのであつて、右出訴期間徒過につき原告らにその責任はない。また、被告は右温泉に関しつぎつぎと多数の本件許可処分をしており、原告らがそれらにつき逐一出訴期間を遵守して出訴することは不可能であり、かつ、原告らは被告の行政処分の全容をようやく本件訴訟手続中に知りえた後直ちにこれらに対し提訴したのであるから、出訴期間不遵守について行訴法一四条三項但書の正当事由を有する。

二、追加的併合の適法性

本件各行政処分は、同一泉脈に関する新たな掘さく等の許可処分であつて、これらは原告らの所有温泉の泉温低下につき累積的、総合的原因をなしており、原告ら所有温泉ならびに湯田温泉全般の泉温低下は、被告の本件各行政処分全部が不可分一体の原因となつて発生した結果であるから、追加的請求にかかる行政処分は当初の請求にかかる行政処分と共に原告らの所有温泉に関する権利侵害の競合的、累積的原因をなしている。従つて、当該許可処分がいかなる場所にいかなる者に対してなされたかは取消すべき処分を特定するために必要であるにすぎず、もともと各行政処分ごとにいかなる権利侵害が発生したかを明示することは不可能なことであり不必要なことでもある。よつて、右追加的請求は行訴法一三条六号に該当する関連請求である。

三、訴えの利益

原告の選定者株式会社かめ福は、その所有旅館の増改築により浴槽を増加する必要にせまられたため公共的利用の各許可処分を受けたのであるが、自己以外の者に対する別紙第一ないし第三目録記載の各処分の取消を求め、そのうち公共的利用の許可処分については衛生上有害でないかぎり許可しなければならないとする被告の温泉行政を争うものである。

四、許可処分の失効については、被告の主張を争う。

第四、原告の請求原因

一、原告らの地位

原告およびその選定者らは、山口市湯田において温泉井を所有し、同所に湧出する温泉を利用して旅館業などの事業を営み、かつ湯田温泉の保護、利用の適正などを目的として設立された湯田温泉組合に加入しているものである。

二、被告の行政処分

被告は別紙第一ないし第三目録記載のとおりの各行政処分をした。

三、訴願前置

原告および亡藤井兵太は昭和三〇年九月五日付書面をもつて別紙第一目録記載の各行政処分につきこれを不服として厚生大臣に対し訴願を提起したが、同年一二月九日、右各処分のうち指令第九六四号ないし第九六六号、同第九七四号、同第一、六七〇号の各行政処分については訴願棄却、同第九六七号、同第一、七〇六ないし第一、七三一号の各行政処分については訴願却下の決定があつた。

四、行政処分の違法性

(一)、本件許可処分の内容

温泉は、その成因、上昇力、成分、湧出量の増減、温泉水体形成の広さ等いずれの点からも土地所有者の管理支配しうるものではなく、またその含有物と熱量は単なる地下水とは異なる公共的資源であり、しかも温泉が流水であることにおいて地上の流水と変りはないから、温泉は土地所有権の目的外でありその法的性質はいわゆる公物である。従つて、都道府県知事が温泉に対する管理権能としてこの採取利用を許可する処分は、特定人に対し継続的に温泉を利用する権利を新たに賦与設定するものであつて単に所有権に対する警察的制限を解除するものではないから設権行為というべきである。

(二)、本件許可処分の性質

温泉法はその掘さく、増掘、動力装置の各許可について、温泉の湧出量、成分、温度に影響を及ぼしその他公益を害する虞れあるときは許可すべからずと定めており、その公共的利用の許可についても後記のとおり同法八条、四条を準用すべき以上は右同様であるから、右許可につき明白な基準を示しているのであつて、単なる公益原則のみを準則としているのではなく、極めて具体的な準則を示して都道府県知事の一義的解決を求めているのであるから、右許可処分の性質はいわゆる羈束裁量に属するものであり右準則に反する許可処分は違法である。

(三)、温泉法の趣旨

厚生省および被告は、温泉法六条につき、同条が工事完了までの間に適用されるものであつて、右工事完了後は同条による許可の取消その他の措置をなしえない(同法八条二項によつて同法六条を準用する場合も同様)、また同法一二条については、同条による温泉の公共的利用の許可申請に対しこれにより揚泉量の増加をきたすと否とにかかわらずその成分が衛生上有害でない限り許可すべきであるとしている。

右温泉法六条の解釈は、温泉の採取利用を土地所有権の当然の効果としてなしうるもののごとくであるが、原告主張のとおり本件行政処分を設権行為とする立場からは右解釈は容認しえない。もともと掘さく行為、動力装置はこれによつて揚泉がなされるから温泉保護のための許可の対象となるのであつて、ことに動力装置はその工事が完成して始めて付近の温泉に影響を及ぼすのであるから、右工事完成前にかぎりその許可を取消しうるにすぎないのであれば動力装置許可の場合に同法六条を準用する意味はない。従つて、同法六条の許可の取消、制限は工事完了前後の時期を問わないものというべきである。

次に、同法一二条の解釈については、同条は衛生上有害でない限り温泉の公共的利用許可申請を許可しなければならない旨を定めたものであるが、温泉の公共利用は揚泉量の増加を伴うから、温泉法の合理的合目的的解釈として、温泉の公共利用の場合も同法一二条によるほか同法八条を準用してその許可、不許可を決定すべきである。ところで、同法八条は、湧出路の増掘、揚泉量増加のための動力装置設置につき知事の許可を必要とする旨規定しているが、増掘および動力装置は揚泉量を増加させる方法手段として例示されたものにすぎず、右許可の対象事項は揚泉量を増加せしめる一切の行為を包含するのであるから、公共利用も同法六条の許可を受けなければならない。更に、温泉法制定以前の山口県ほか多くの府県における温泉取締規則および温泉法草案によれば、既設温泉に影響を及ぼし又は公益を害すると認められるときは、掘さく工事の完了の前後をとわずその許可を取消しうること、温泉利用を許可しないこと、許可を取消し又は利用を制限しうることを定めていたのであるが、かかる取扱いは現行温泉法においても温泉保護の見地から同様に行われるべきである。また、昭和二三年一二月七日山口県規則第九号山口県温泉法施行細則一〇条は温泉の公共利用許可申請書に一日間最大利用量、浴槽の容積を記載すべきことを、同細則一一条に、知事が右利用許可申請に対し温泉保護上又はその適正利用につき必要があると認めるときは当該申請書以外に必要書類を提出すべきことを命じうるとしている。加えて、既設温泉および公益に支障ありや否やにつき山口保健所に調査報告をなさしめ、公共利用の許可申請を温泉審議会の議決に付してその答申を求めていることは、温泉の公共的利用の許可申請が同法八条の許可申請を併わせて有すべきことを前提としているのである。

(四)、被告の本件行政処分と泉温低下の因果関係

1、湯田温泉地帯の地質

湯田温泉は、その東北権現山下の母岩の亀裂または断層に沿つて上昇した温泉が亀裂口に接する沖積層に流れ入り東北より西南に向つて拡散している、しかして、泉源帯の右沖積層より更に深く存する古生層には斜長班岩が貫入し、右斜長斑岩層にも温泉が浸透して泉源帯をなしており、その中間には完全な不透水層である淤泥岩層が横たわり、これによつて深浅二層の温泉帯は遮断されているが、右深層部は地底より噴騰する温泉を貯溜しており、淤泥岩層が北に向つて次第に簿くなつてその尽きる地点の地蔵井手周辺で沖積層に噴き上り、その中を南方に向い舟状に拡散放流していて、結局両泉源帯の泉脈は一個であつて深層部からの揚泉も直接浅層部に影響がありいずれの層からの揚泉も湧出量をこえるときは全体として湯田地区の温泉を涸渇せしめるのである。更に、湯田温泉は付近に河川を控えて発達した層状泉であつて、温泉水帯をなす沖積層は河川の流れに運ばれた砂礫の堆積層であるから周辺の地下水も豊富である。かような地形においては温泉水体は、周辺の優勢な地下水の圧力と均衡を保ちつつほぼ水平の温泉静止水面を持つているのであるから、降雨による河川の増水によつて地下水の圧力が増加すれば温泉の湧出量が増加し温度も上昇するのであり、温泉水面に向つて温泉井を掘さく揚泉すればその周辺の温泉を汲み上げることにより温泉水面はその温泉井を中心として擂鉢状に陥没して平均水面を引下げるのであるから、多くの温泉井が掘さくされ揚泉されるときはその各温泉井毎に右同様の現象を来たして凹凸状の温泉水頭となつて平均水面が降下し、全体としての揚泉量が全湧出量を超過するときは周囲の地下水帯との圧力均衡が破れ、地下水は温泉水帯に侵入し、更にこれが掘さく井に達すれば泉温を低下せしめるに至るのである。かような現象は温泉地帯の下流の源泉に顕著にみられ、上流地区において深掘され過大揚泉が行われたときは下流地区に対して決定的打撃を与えることは当然のことである。

2、被告の行政処分

被告は、昭和二五年ころから温泉新掘さく、増掘、公共利用が湯田温泉の泉源を涸渇させて地下水を混入せしめこれにより泉温は低下することを知りながら、前記のとおり誤つた温泉行政にもとづき前記各許可処分をなし、湯田温泉の湧出量、温度等に悪影響を及ぼしその荒廃に拍車をかけてきた。特に、昭和三一年一一月以降被告の許可により山口県および山口市が共同して前記深層地帯に九本の試掘泉を掘さくし、その後うち七本の試掘泉を山口市所有とし、これから採取される一日三千ないし四千石の温泉に既設温泉を混じて湯田温泉配給協同組合に配水しているが、右深層地帯は湯田温泉の母なる泉源体であるから前記掘さくは右泉源体を荒廃させ結局湯田温泉全体を破壊するものである。なお、右山口市所有の右各泉源の泉温そのものも過大揚泉のため逐年低下して前記配給のための必要泉温を維持することができなくなつたので、被告は更に深層地帯に山口市所有第一〇、第一一号温泉の掘さく許可処分をなし、これにもとづく掘さくがなされて配給の用に供されていたが、更に泉温が低下するため最近には深層地帯から同第一二、第一三号温泉の掘さく申請がなされて被告はこれを許可したほか、第三者に対し既存温泉地帯の北東に続く朝倉地区において同所を湯田湯泉区域外と称して昭和三七年以来右深層地帯に新掘さくの許可をしている。

3、揚泉量および泉源の深さと泉温低下との関係

湯田温泉の適正最大揚泉量は一日八〇〇トンであるが、新掘さく、増掘、公共利用の増加により逐年その揚泉量が増加し、昭和一〇年には一日八五四トン、同一八年一、八五四トン、同二四年には一、一五八トン、同三三年には二、四七〇トンとなり、適正最大揚泉量に比べ著しく過大揚泉となつている。このため温泉水帯と周囲の地下水帯との圧力的均衡が破れ、地下水が温泉水帯に侵入して泉温を低下せしめ、その平均泉温は昭和一一年四八・四度、同一八年四四・三度、同二四年四九・二度、同三二年三八・六度と低下した。また、昭和三二年までは湯田温泉は二〇メートル以上堀つてはならないとの一般通念とかかる被告の指導があつたため、深度二五メートル付近の深層部分は泉温をほぼ維持していたが、その後二〇〇メートルにおよぶ深掘が随所に行なわれるに至つて、浅層泉源および深度二五ないし五〇メートル程度の泉源の泉温は極端に低下した。

(五)、温泉審議会について

温泉法は温泉行政に関する諮問機関として温泉審議会を設置し、同法三条、四条、六条、八条、九条の各行政処分をなすときは都道府県知事は必ず右審議会の意見を聞かねばならない旨を規定しているが、これは温泉行政について都道府県知事の専断を防止し、温泉の保護と利用の適正をはかるためこれを民主的に運営させる趣旨である。山口県温泉審議会は知事を会長とし、県担当職員、学識経験者、温泉地域の温泉利用者代表からなつているが、被告はことさら昭和二七年七月から同三二年一一月一一日まで山口県最大の温泉地域である湯田を代表する委員を委嘱しておらず、右以後は地元委員として野原敏彦外四名を臨時委員に選任しているが、右各委員は湯田温泉配給協同組合の組合員であり、湯田温泉破壊の最大原因である山口市所有温泉より配給を受けているものであるから、右委員らが加つてなされた右組合の掘さく許可申請等に関する温泉審議会の議決は無効であり、右議決にもとづいてなされた本件各行政処分は違法である。

五、原告およびその選定者らは別紙第一ないし第三目録記載の各行政処分によつてその所有する温泉につき泉温低下の損害を蒙つて法律上の利益を害されたので右違法な各行政処分の取消を求める。

第五、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一の事実中、原告およびその選定者らが湯田温泉組合員であることは認めるがその余の事実は不知。

二、同二の事実中、別紙第三目録記載の各行政処分のうち、脇政助に対する掘さく許可および国鉄に対する動力装置設置許可処分はその事実がなく、須佐農協に対する動力装置設置許可処分は本件出訴当時未処分であるが、その余の原告主張の各行政処分の存在を認める。

三、同三の事実は認める。

四(一)、同四(一)の主張は争う。

温泉利用権は土地所有権の内容をなすものであるから、都道府県知事の前記許可は土地所有権の行使に対し公益的見地から加えた制限を解除する趣旨のいわゆる警察許可である。

(二)、同四(二)の主張は争う。

温泉法は既設温泉井所有者の既得の利益を直接保護するために存するのではなく、温泉源を保護するとともにその利用の適正化を図るという公益的見地に立脚し、同法四条所定の湧出量の減少、温度の低下または成分の変化は公益を害する恐れがある場合の例示ではあるが、都道府県知事は右の見地から特に必要な場合以外は温泉を湧出させる目的の土地の掘さく、増掘、動力装置設置許可申請に対しその許可を拒むことはできない。右公益的見地は具体的には、既設温泉井所有者と新規掘さく申請者との利害の衡平、調和という形で現われるのであるが、少しでも既存の温泉井に影響を及ぼすかぎり掘さくを許可してはならないものではなく、公益上の見地にたつて全体の温泉源を保護しその利用の適正をはかりながらその許否の判断をすべきであつて、右判断は専門技術的知識等を必要とするので右許可手続中には温泉審議会の意見を尊重すべきこととされている反面、都道府県知事が右許可を与えるか否かをその裁量に委ね、その裁量権の限界を越えないかぎりこれを違法視することはできない。

(三)、同(三)の主張は争う。

温泉法一二条による公共的利用許可は、既に掘さくされて現に採取されている温泉を公共の用に供する場合において、その用途にかんがみ衛生上の見地からこれを規制しようとするものであつて、原告主張のごとき温泉源の保護ないしは採取制限は同法三条、八条、九条に規律するところである。このことは、温泉利用許可処分が温泉審議会の意見聴取事項とされていないことからも明らかである(同法二〇条)。

(四)、同(四)の主張はいずれも争う。

1、湯田温泉の地質構造

湯田温泉の地質構造は、上部から順に沖積層、礫岩層、泥岩層、古生層、片岩類、古生類および片岩類に貫入している斜長石斑岩によつて構成されており、含湯層は淤泥岩層により上部の浅層地帯とこれより下部の深層地帯に分かれている。しかし、この淤泥岩層は山口市所有第四号温泉試錐井付近では約七五メートルの厚さに達しているが、同第一号試錐井付近では右層は約二メートルの厚さを有するのみで深浅両含湯層が相接しており、泉源としては深層地帯の斜長石斑岩の部分が最も優勢である。従つて、深層地帯の温泉は、主として右斜長石斑岩、時には古生層又は片岩類の亀裂をとおつて上昇し、淤泥岩層に被圧されて貯留され、徐々に西南方に流れているものであり、これら斜長石斑岩等の分布地域は山口市湯田温泉国道九号線以北幅二五〇ないし三〇〇メートル、東端は山口市所有第六号温泉試錐井の西方約四〇メートルの地点、西端は同第四号試錐井から西方約一〇〇メートルの地点である。また、浅層地帯の泉源は、深層の温泉水が淤泥岩層の発達していない同第一号温泉試錐井付近からその上位の沖積層、礫岩層中に透入し、その岩層中を錦川に沿つて西南方約六〇〇メートル付近まで流下しているのであつて、一定範囲内での深層泉源からの揚泉は浅層泉源に影響を与えないものである。

2、泉温低下の一般的現象

あらゆる温泉地でも大正末期以後温泉の掘さくが増加し、特に戦後の観光ブームが温泉の開発に拍車をかけ、このため温泉の湧出量の減少、泉温の低下の現象が全国有名温泉でおこり、湯田温泉もその例外ではなかつた。このような社会情勢のもとで、新規掘さくを許可しなかつたならば現在のような状態にならなかつたであろうというような議論は非現実的なものである。なお、湯田朝倉地区の深層泉源の掘さくにあたり、被告の行政指導によりその温泉井を山口市所有とし、その管理のもとに温泉業者の団体である湯田温泉配給協同組合が温泉の公正、合理的な分配を実施していることは、泉源保護および利用の適正化の見地から高く評価することができる。

ところで、原告らの温泉井は本件各許可処分にかかる温泉井とかなり離れた位置に所在するばかりか、その所在する湯田地区の浅層地帯の泉温はすでに昭和二九年以前から逐年低下の一途をたどつているのであり、その泉温の低下は本件許可処分が原因しているものとはいえず、湯田地区の他の温泉井と同様に経年的な温度変化にすぎない。このような経年的な泉温低下の現象は全国的なものであつて、その原因は揚泉量の過大もさることながら、その他に地下水の汲上量増加、降雨量の減少、水田の減少、付近の土木工事、水道(みずみち)の変化、パイプの腐触等種々の原因があげられる。

(個々の許可処分の適法性)

別紙第一ないし第三目録記載の各行政処分は次のとおりいずれも裁量権の範囲を逸脱していない。

1、浅層地帯における許可処分の適法性

イ、掘さく許可の実情

平井三郎に対する掘さく許可(昭和二九年指令薬九六七号)は、同人の利用する泉源が低温となり利用に耐えなくなつたため、その温泉井から約一メートル離れた場所に掘替えすることを許可したものであり、昭和二九年七月その工事に着手したが、当初期待した温泉を得られなかつたので右工事は中止され原状に復したものである。

山根良一に対する掘さく許可(昭和二九年指令薬九六四号)は、最も近距離にある温泉井から一五〇メートル以上も離れた地点におけるものであつて、右掘さくは至近距離の泉源になんらの影響を及ぼしていない。なお、右許可申請に関し、原告らの所属する湯田温泉組合の組合長亡藤井兵太は山口県知事に対し右許可を与えても差支えない旨具申している。

西村チヨに対する掘さく許可(昭和二九年指令薬九六五号)は、従前の泉源の泉温が急激に低下しかつ湧出量が減少して利用に耐えなくなつたので原状回復のために旧温泉井から約一メートル離れた場所に掘替えすることを許可したものであり、右許可に際しては揚泉パイプの口径および動力は従前どおりとし、深度は付近の温泉井より深く掘さくしないとの条件を付している。

中野健一郎(昭和三一年指令薬一二八号)、野原龍(同一二九号)、野原勝子(同一、二一〇号)、中国電力山口支店(同一、二一一号)、水野アキ(同一、二一三号)、防長自動車株式会社(昭和三〇年指令薬一、〇五一号、同一、二六五号)に対する各掘さく許可は、すべて掘替え掘さくであつてかつ泉温および湧出量回復の必要があつたものであり、旧温泉井から約一メートルの至近距離の地点で前記西村チヨと同一条件を付しているから、他の既設温泉井に以前より増して悪影響を及ぼしていない。

ロ、増掘許可の実情

藤村暢三(昭和三一年指令薬一、二一二号)、西村チヨ(同一、五二八号)、杉本寿香(同一、五四八号)に対する各増掘許可はいずれも泉温および湧出量回復の必要が生じ旧温泉井から至近距離において前記西村チヨと同一条件を付している。

ハ、動力装置許可の実情

山口鉄道療養所長に対する動力装置許可(昭和二九年指令薬九六六号)は、従前の二馬力のものに新たに一馬力の動力を追加設置するものであるが、右許可申請の趣旨は、浴槽に満水させるためには二馬力の動力を要するところ満水後は一馬力の動力で足りるからこれにより電力および揚泉量の節減を図るというにあつて、右許可は双方の動力を同時に使用しないとの条件を付している。

井上隆一に対する動力装置許可(同九七〇号)は、従前の三馬力の動力に新たに二馬力の動力を設置するものでその申請趣旨および許可に付した条件は右山口鉄道療養所長の場合と同じである。

地方公務員共済組合山口支部に対する許可(同一、六七〇号)は、従前設置していた四分の一馬力の動力に加えて新たに四分の一馬力の動力を追加設置するもので、その申請趣旨は従前の動力装置が故障した場合に予備動力を設置するにあつて、右許可に付した条件は前同様である。

藤村暢三(昭和三〇年指令薬一一九号)、杉本寿香(同一二一号)、増本文吉(同一二〇号)、防長自動車株式会社(同一二二号)、野原敏彦(同七七七号)、中野健一郎(同七七八号)、野原忠治(同一、五〇六号)、水野文雄(昭和三一年指令薬一、五一五号)、西村チヨ(同二、〇五一号)に対する各動力装置許可は、従前使用していた動力装置を、代替掘さくまたは増掘の際に取りはずしたので改めてこれを設置するための動力装置許可申請に対し、既設温泉井に殆んど悪影響もないのでやむを得ない措置として従来使用していた動力装置の範囲内で許可を与えたものである。

ニ、公共的利用許可の実情

いずれも温泉法一二条にもとづき衛生上有害であるとは認められないので許可したものであつて、右処分を違法とする原告の主張は前記のとおり理由がない。

以上のように本件各行政処分はやむを得ないものであり、またこれらの許可処分によつて既設温泉井の湧出量、泉温、成分等に著しく影響を与えるものとはいえず、かつ温泉法の定める手続に則り適式に温泉審議会に諮問され、右審議会の意見にもとづいて行われたのであるから、被告が裁量権の範囲を逸脱してなした違法な処分とはいいがたい。

2、深層地帯における許可処分の適法性

湯田温泉地帯は以前錦川沿いに泉源が密集していたが、次第にその泉温が低下してきたので山口県は山口市と共同して昭和三〇年以後新泉源発見のため科学的調査を実施した。その調査結果にもとづき深層地帯の掘さくについては、深層泉源相互の影響をさけるため相互の間隔を一〇〇メートルとし、また山口市所有第一号試錐井の周囲東西約一キロメートル、南北約四五〇メートルの地域を保護地域として、右区域内における温泉の開発は山口市が推進し、右計画にもとづき浅層地帯とその地質構造上関連のうすい朝倉地区の深層地帯の掘さくを実施し、平均温度六二度、一日約五千石の湧出量を得られ、その配給先、配給量を山口市条例により設置された配給委員会が決定し、その配給事務の担当については浅層地帯の温泉井の所有者によつて組織された湯田温泉配給協同組合により公正、合理的に分湯されている。

イ、掘さく、増掘許可の実情

山口県および山口市に対する掘さく許可(昭和三一年指令薬一、五四九号)は、地質構造調査のためのテストボーリングを行う目的であつて温泉の利用を予定していない。

山口市に対する掘さく許可(昭和三四年指令薬二五四号の一ないし五、同三六年指令薬三〇一号の一、二、同三七年指令薬九四二号の三、四、同九四二号、同一、四一一号、同三八年指令薬六三九号、同九五六号)は、それぞれ山口市所有第三、二、一、四、五、九、八、一〇、一一、一二、一三、一四、一五号温泉であつて、右一四、一五号温泉を除くその余のものは山口市の管理の下に前記のとおり配給協同組合により分湯されており、そのうち同八、九、一四、一五号温泉は前記保護区域外にあり同一四号温泉は工事中止、同一五号温泉は工事未着手である。

国家公務員共済組合(昭和三六年指令薬一二七号)、近藤武夫(同三七年指令薬九三三号)、国重雍子(同七六号)、中野仁義(同六三三号の一、二)、石川吾一(同一、〇七〇号)、古田政一(同一、〇七一号)、岩本新一(同一、〇七二号)、中野仁義(昭和三八年指令薬二三二号)、近藤武夫(同一、二二七号)、国鉄(昭和三九年指令薬一、四四一号)、世界救世教神光教会(同五〇四号)、中野仁義(同五三六号)に対する各掘さく許可は、いずれも前記保護区域以外の地域におけるものであり、かつ前記のとおり相互に一定の間隔を保たせてある。

大長利一に対する掘さく許可(昭和三一年指令薬一、四五〇号)は、付近に既存の温泉井がなく、掘さく場所が錦川沿いの浅層泉源群から四〇〇メートル以上も離れているのでその影響はないとの温泉審議会の意見にもとづいているものである。

須佐農協に対する増掘許可(昭和三七年指令薬一、九五一号)は、従前の掘さく深度では必要泉温を得られないので更に増掘しなければならなくなり、調査結果および温泉審議会の意見を徴したうえで許可したものである。

ロ、動力装置許可の実情

いずれも掘さくした温泉井の孔底には十分な湯量があるにも拘らず自憤しないので、揚泉のため適当な動力装置の設置を許可したものであるが、掘さく後試験揚泉を行つてその影響のないことを調査済みである。

以上のように深層地帯の本件行政処分は湯田温泉全体の温泉源保護および利用の適正化という公益的見地から適切な措置であり、かつ前記浅層泉源群に与える影響があつたとしても極めて軽微であるから、これら掘さく許可処分等が被告の裁量権を逸脱した違法な処分とはいいがたい。

(五)、同四(五)の主張は争う

山口県温泉審議会条例三条一項によれば、温泉事業の従事者の中から右審議会の委員が選任されておればその審議会の構成は適法であり、特定の一地区の温泉業者が選任される必要はない。なお、被告は湯田地区温泉業者からも右審議会委員を委嘱すべく山口市市長および湯田温泉組合にその候補者の推薦を求めたが、原告らの内部的事情から推薦されなかつたのである。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

第一、本案前の抗弁について

一、訴願前置の欠如

被告は、原告の請求のうち別紙第三目録中被告の本案前の抗弁欄に「訴願欠如」の記載がある行政処分の取消を求める部分は特例法による訴願前置手続を欠いたものであるから不適法であると主張するのでこの点につき判断する。本件各行政処分のうち、被告主張の右各行政処分は行訴法付則一条、四条により特例法二条にいわゆる前審経由を必要とすべき場合に一応該当するにも拘らず、右各処分につき訴願その他の不服申立がなされることなく本訴に及んだことが明らかであるが、特例法が訴願前置制度を採用した趣旨は、行政処分庁において当該処分について再考の機会を与えて自主的解決を図ることにあるから、この目的から考えて無意義な訴願の経由を要求されるべきものではない。本件においてこれを見るに、訴願手続を経ていない行政処分は、既に訴願を棄却ないし却下された別紙第一目録記載の処分に対する不服申立理由と同一事情、同一理由、すなわち、共通の泉源をもつ湯田温泉地区において逐年泉温が低下する現象が被告のなした本件各行政処分にもとづくものであるとする主張をもつてその取消を求められているのであり、また被告は温泉法一二条の解釈につき訴願裁決庁たる厚生省の行政指導を仰ぎその見解にもとづき本件各許可処分に至つており、かつ被告が本件処分をなすにあたつては、温泉という未知の地下資源の利用が専門的技術的判断事項を含んでいるがために、後記のとおり諮問機関としての専門学者をまじえた温泉審議会が実質上参与機関として機能し、その答申が極力尊重されていたことがうかがわれる事情のもとにおいては、かりに追加的請求にかかる行政処分につき訴願を提起したとしても訴願裁決庁は前の裁決と同一の結論を下すであろうことが十分に推測しうることであり、行政機関内部の再審の機会は既に尽くされたものであつて、本件につきあらかじめ訴願前置の手続を要求することは意義がないというべきである。よつて、原告らが訴願提起手続をしないで本訴に及んだことについては特例法二条但書の正当事由を有し適法である。

二、出訴期間の徒過

被告は、原告の請求のうち別紙第二、第三目録中被告の本案前の抗弁欄に「期間徒過」の記載がある行政処分の取消を求める部分は特例法による出訴期間を徒過しているから不適法であると主張するから検討する。被告主張の右各行政処分については行訴法付則一条、七条により特例法五条三項の出訴期間(処分の日から一年間)が適用されるべきところ、右出訴当時いずれも右期間を経過していることが明らかであるが(但し、同目録中、昭和三八年七月一五日付指令第六三九号、同第九五六号山口市長に対する各掘さく許可処分、同年三月一一日付指令第二三二号中野仁義に対する掘さく許可処分、昭和三七年一一月二八日付指令第一三五七号、同第一五五八号山口市長に対する動力装置許可処分、同年同月同日付指令第一三九二号近藤武夫に対する動力装置許可処分、昭和三八年三月一一日付指令第二三三号中野仁義に対する動力装置許可処分は、いずれも前記付則により行訴法一四条三項が適用されるが、いずれも右出訴当時出訴期間を徒過していることが明白である)、同目録中、昭和三八年一〇月一日付指令第一二二七号近藤武夫に対する掘さく許可処分は処分日が昭和三八年一〇月一日であるところ本件出訴に及んだのは同三九年一〇月一日であるから出訴期間(行訴法一四条三項による)を徒過していないこととなる(民法一四〇条)、ところで、原告が本件訴えを提起するまでに右出訴期間を徒過するに至つた事情をうかがうと、本件各行政処分は極めてぼう大な数にのぼりかつ長期間にわたり第三者に対し相次いでなされているため、原告らがこれら行政処分を特定しその内容を検討するためには本件行政処分関係書類の閲覧を必要としたにもかかわらず、別紙第一目録記載の行政処分(以下、単に当初の処分という)につき本訴を提起しその審理の課程において被告はこれが開示に応じたのであるが、もともと本件紛争は、原告らが被告のなした本件許可処分によつて泉温低下の損害を蒙つたというに対し被告は右処分が原告ら主張のごとき影響を与えていないと反論しているのであるから、原告において泉温低下の原因が本件行政処分にもとづくものであることを確信して本訴にのぞむべきところ、その紛争の性質上右影響の有無を知るには当然相当程度の期間を必要とするのであつて、行政処分の瑕疵が処分当時潜在化しこれが外形上明確となるのは相当期間を経た後でなければ確知しえない。かような点を考慮すると、原告は前記出訴期間を二ケ月ないし四年七ケ月余り徒過しているけれども、この程度の期間の経過については特例法二条但書、行訴法一四条三項但書の正当事由(正当理由)があるものとして本訴は適法といいうる。

三、追加的併合の適法性

つぎに、別紙第二、第三目録記載の各行政処分の取消を求める追加的併合部分が適法なりや否やにつき当事者間に争いがあるので判断する。行訴法一九条は請求の追加的併合を、同法一三条六号にいう関連請求に該当するか又は民訴法二三二条にいう請求の基礎に同一性がある場合に審理の重複、裁判の矛盾抵触をさけて紛争を一挙に解決する趣旨から許容しているのであるから、その範囲は右目的趣旨から考え、単に各処分の取消事由が同種の原因にもとづくことのみでは許されない。ことに本件各行政処分の相手方および処分内容は同一ではなくそれぞれ別個独立の処分であるから、これらにつき関連請求として併合を許容することは疑問がないではない。しかしながら、原告が右追加的併合を求めているのは、その主張によればこれらはすべて同一泉脈に関する行政処分であつてこれらが不可分に累積的原因をなして原告ら所有の泉源に対し泉温低下の不利益を与えているというのであるから、当初の処分と追加的併合請求にかかる処分とはその違法事由をいわば共有し、本件訴訟の争点および攻撃防禦方法が殆んど共通しているのであり、何ら審理を複雑化することなく裁判の統一と訴訟経済の要請に合致することとなるのである。さすれば、かかる場合には追加的併合にかかる請求は当初の請求と関連請求の関係にあるものというべきであつて、この点に関する被告の本案前の抗弁は採用しない。

四、株式会社かめ福に関する訴えの利益

原告の選定者株式会社かめ福は、その代表取締役たる梅林義生が個人名義で受けた公共的利用許可処分(昭和二九年一〇月二三日付指令薬一七二七号ないし一七二九号)の取消しを求めているが、被告の主張するように自己自身に対する許可処分の取消を求めるものではないから、ただちに不適法とすることはできない。

五、掘さく許可処分の失効

被告は、本件行政処分のうち掘さく許可処分はその工事完了によつて失効したが原告において行訴法九条かつこ書の法律上回復すべき利益を有しないと主張する。本件の訴えの利益については同法付則三条により同法九条を適用すべきであるが掘さく許可処分は単に温泉源を掘さく工事することの許可に尽きるものではなく、掘さくにより湧出する温泉を使用する利益を与えることにその本来の目的があるのであつて、かように温泉の使用を可能にする許可処分を内包しているのであるから、かかる掘さく許可処分がその内容の執行を完了するということはありえないことなのである。従つて、掘さくにもとづいて現に温泉を使用しあるいはその可能性があるかぎり、右掘さく許可処分は効力を保持しているものといわなくてはならない。しかして、原告は右掘さく許可処分によつてその所有泉源の泉温が下がつたというのであるから、右処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものといいうるのであつて、これに関する被告の抗弁は理由がない。

第二、原告らの地位

原告およびその選定者らが、湯田温泉組合の組合員であることは当事者間に争いがなく、成立につき争いのない甲第一七号証の三、同甲第二八号証の二、三、同甲第二〇〇号証の一ないし三、同乙第七号証の一ないし五および原告本人尋問の結果によれば、右組合は湯田温泉を保護しその利用の適正を図り公共の福祉の増進を計る目的をもつて湯田温泉の泉源所有者、供給者および利用者をもつて組織されているものであり、原告およびその選定者らは山口市湯田において温泉源を所有している者であることが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

第三、行政処分の存在

被告が別紙第一ないし第三目録記載のとおりの各許可処分をしたこと(但し、第三目録中の脇政助に対する掘さくおよび国鉄に対する動力装置各許可処分を除く)は当事者間に争いがない。原告は右脇政助に対する掘さく許可処分が昭和三五年二月中に、国鉄に対する動力装置許可処分が昭和三九年五月中にそれぞれなされたと主張し、成立につき争いのない甲第一三六号証によれば脇に関する右許可申請が山口県温泉審議会に諮問されたことがうかがえるが、本件全証拠によるも被告が右各申請にもとづき原告主張のとおりの右各許可処分をなしたことを認めるに足る証拠はない。そうすると、原告の本訴請求のうち右各許可処分の存在を前提とする右取消を求める部分はその対象を欠き訴訟要件を具備しないものとして不適法というほかない。なお、被告は須佐農業協同組合に対する動力装置許可処分(昭和四〇年一〇月一四日付指令薬三八―二八〇号)が本件出訴当時未処分であつて本訴は請求の客体を欠く旨論ずるが、右許可処分は本訴係属中に、訴え提起時に原告がその取消を求めたものと同一性を維持しつつ具体的に存在するに至つたのであるから、爾後本訴訟は訴訟要件が充足され適法となつたものと考えるべきである。

第四、訴願手続の経由

別紙第一目録記載の各許可処分につき原告主張のとおり訴願を提起し裁決があつたことは当事者間に争いがない。

第五、本件行政処分の適法性について

一、本件許可処分の内容

原告は、本件許可処分が特定の者に対し新たに継続的に温泉を利用する権利を賦与するものであるからいわゆる設権行為である旨主張し、これに対し被告は、右許可処分は土地所有権の行使に対する公益的見地からの制限を解除する警察許可である旨主張するのでこの点につき検討するに、温泉は地下で生成されその分布も広範であるが、一定範囲の泉源内に貯溜される部分については土地所有者の管理支配しえないものではないのであるから温泉採取権は土地所有権の内容をなすものというべきところ、各土地所有者が本来有する泉源利用権を恣に行使すればたちまち泉源を涸渇せしめるに至ることは見やすい道理であつて、かかる事態を未然に防止するために温泉掘さくまたは揚泉に制限を加える必要が生ずるのである。そうであれば本件各許可処分は土地所有権に対する警察的制限を解除するいわゆる警察許可の性質を有するものと解すべきである。

二、本件許可処分の性質

次に、本件許可処分が自由裁量行為であるか否かについて争いがあるので考察することとする。温泉法四条、八条によれば、温泉を湧出させる目的をもつてする土地掘さく、増掘、動力装置許可申請に対しては、湧出量、温度もしくは成分に影響を及ぼしその他公益を害する虞れがあると認められる場合以外はその許可を与えねばならない旨定めているのであるから、知事が当該許可をなす際には右各具体的事由(湧出量、温度、成分)を必ずその判断資料としなければならないことを拘束されているのであつて、この意味において右各許可処分は羈束裁量行為ということができる。しかしながら、右のごとき判断材料をもとにして、その影響の有無を審査し泉源保護ないし利用の適正化をはかる見地から許可を与えるか否かの判断をするには高度の専門技術的知識を必要とするのであるから、右許可手続中には諮問機関たる山口県温泉審議会の意見を聴取すべきこととされている一方、その許否は行政庁の裁量により決定さるべきことがらであつて、裁判所が行政庁の判断を違法視しうるのはその判断が行政庁に任かされた裁量権の限界をこえる場合に限ると解すべきである(最高裁判所昭和三三年七月一日第三小法廷判決民集一二巻一一号一六一三頁参照)。また、原告は温泉法一二条にもとづく公共的利用許可処分についても右同様の主張をするが、右許可処分はつぎのとおり衛生上の見地から規制するにすぎないものであるから採用の限りではない。

三、公共的利用許可の基準

被告は温泉法一二条の公共的利用許可については成分が衛生上有害でないかぎり許可すべきものと主張し、原告は右許可については右のほか更に同法四条所定の事由の有無を審査すべきものであると反論する。同条は、公衆衛生的見地に立つた採取後の温泉の使用制限の規定であつて、直接、揚泉量の増加の規制を考えた規定ではないと解するから、当裁判所は右争点に関し被告と同一結論であるが、なお敷えんすれば下記のとおりである。すなわち、原告は、温泉法八条が湧出路の増掘、動力装置設置等の湧出量を増加せしめる方法を例示することによつて揚泉量を増加せしめる一切の行為を禁止しているから、公共的利用についても同条を準用すべきものと主張するが、同条が湧出量を増加させる手段方法を例示したものにすぎないと解せられるにしても、公共的利用が単に揚泉量の過大を予測させることからただちに同条の適用を受けるとすべき理由はない。

現行温泉法施行以前の山口県鉱泉規則五条六号において、温泉利用量の増加が許可事項と定められていたのであるが、かかる取扱いは現行法の規定せざるところであつて同法制定と同時に失効したものである。また原告は、昭和二三年山口県規則第九号山口県温泉法施行細則一〇条において一日間の温泉最大利用量等が公共的利用許可申請書の記載事項とされていること、同細則一一条において右申請に対し温泉保護上又はその適正利用につき必要なときは右申請書以外に必要書類を提出しうべきこととして申請者に対し温泉割当制限を遵守する旨の誓約書を添付せしめていたことなどをその主張根拠とするが、将来の採取制限等温泉保護行政をなすにあたり右申請者の各温泉利用量を適格に把握しておくことはそれ自体意義があり右各措置も右趣旨に添うものといえるのであつて、これにより温泉法一二条が同法八条、四条を準用すべき理由とはならない。もつとも、成立に争いのない甲第二一、第二二号証、同甲第六五号証、同甲第一三四号証の二、同甲第一六二号証の一、二によれば温泉の成分が有害でないにも拘らず公共的利用許可申請が却下されたことがあり、あるいは右許可処分は温泉審議会の意見聴取事項とされていないのに(同法二〇条)かつて一時期その諮問を経ていた事実が認められるのであるが、かかる行政実例は過渡的なものであつて何ら前記解釈を左右するに足りない。更に原告は、温泉は無尽蔵に湧出しないのであるから公共的利用許可申請に対しても泉源保護規制が働くべきとし、また衛生上有害成分を含むため使用しえない温泉は日本に存しないからかかる観点からの規制は無用であると力説するが、採取量の制限による泉源保護ないし利用の適正化は温泉法九条の採取制限命令の発動によつてもその目的を達しうるのであり、また有害な成分を含有する温泉が存在しないとは断じがたいのであるから右原告の批判は失当というべきである。かくして同法一二条は、公共的利用許可申請に対しその許否をするに際しその用途に鑑み成分の検査を要求しているにすぎないのであつて、原告の主張は温泉の保護を強調するに急なあまり独自の解釈を展開するものといわざるをえない。

四、湯田温泉地帯の地質構造

証人高橋英太郎の証言および弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証(山口県湯田温泉調査報告)、同第二号証(山口市湯田温泉に就いて、と題する書面)、成立に争いのない甲第四〇号証(湯田温泉調査報告書)、同乙第四号証(湯田温泉の地質についての考察、と題する書面)ならびに証人高橋英太郎、同吉川恭三、同松下久道の各証言を総合すればつぎの事実を認めることができる。山口市湯田温泉地区一帯は沖積平野であつて、地表面から深部に向い順次沖積層、第三紀層、古生層、片岩類(三群変成岩類)が分布し、そのうちの古生層や片岩類が泉源となつていて特に古生層に貫入している斜長斑石は温泉の湧出が著しく泉源として優勢なものであるが、その上部の第三紀層中に発達している淤泥岩層(シルト層)が完全な不透水層で下部から上昇せんとする温泉水を遮断しているため、右淤泥岩層の発達していない後記部分から沖積層および第三紀層中の礫岩層に透入した温泉水が一つの含湯層を形成し、淤泥岩層を境に深浅二層の含湯層(いわゆる深層、浅層泉源)が存在している。ところが、山口市所有第一号試掘泉(山口市大字下宇野令一二三〇の一別紙「湯田温泉概念図」参照)付近は右淤泥岩層が最も薄く約二メートル程度にすぎないため深浅二層の含湯層が直結していて、同所を中心にその周囲の右岩層は一般的に厚く発達して両層を分断している。しかして、浅層泉源の分布地域は前記一号試掘泉付近を中心に錦川に沿つて泉温を漸次低下させながら西に流下し数百メートルに達しており、深層泉源地域はこれより更に広範な前記斜長斑岩分布地一帯であることが判明している。かように、湯田温泉は上流地域すなわち前記第一号試掘泉付近における斜長斑岩の優勢な泉源から湧出して、表層の沖積層および礫岩層を流下しその下流になるにしたがい温度の低下する温泉源と、これよりはるかに高温を保ち地下深所で上部への湧出を抑圧されている泉源とがあるが、結局泉源の基礎は同一のものであるから両泉源は相互に影響を及ぼす関係にある。もつとも、その相互影響は特に前記上流地域にあらわれるにすぎず、その他の地域では前記地質構造によりその影響が少ないものである。

五、湯田温泉の開発

前記四(湯田温泉地帯の地質構造)冒頭記載の各甲号証、成立につき争いのない甲第四一号証の一ないし七、同甲第四八、第四九号証および原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五六号証、同甲第一六七号証の一、二、第一六八号証の一、二、第一六九号証ならびに証人山口金一、同兼行恵雄の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後述採用しない部分を除く)によれば、以下のことが認められる。湯田温泉は付近に天下の奇勝秋吉台、秋芳洞をひかえ山口県の交通至便な代表的温泉地であるが、大正時代ころから温泉事業の発展に伴いその需要が急速に増大し、農商務省大井上義近技師によりその中心部を本格的に調査されて以来、温泉の効果的利用に資するための各種調査が行われた。すなわち、湯田温泉地帯は昭和初期ころから温泉利用者の増加により泉源の新掘さくないし増掘が行われる一方、泉温低下の現象が目立つてきたので、右大井上に続いて、昭和二三年山口刑務所が湯田温泉地区から引湯する計画の是非を検討する目的で泉源の科学的調査がなされ、その結果、湯田温泉の泉温低下は揚泉量過大による人為的変化であつてこの現象を避けるためには電力統制等適当な方法による揚泉量制限規制が必要であるとの指摘がなされたが(甲第一、二号証)、泉温の低下が慢性化したため、山口県および山口市は昭和三一年専門学者に対し湯田温泉の熱源および湧出力の探査を依嘱し、これにもとづき同年九月から約三年間、試錐掘さく調査等かつての調査にない大規模な合同調査がなされた結果、前記説示のとおりの地質構造を解明し、泉源保護の方法として、今後は専ら深層泉源を開発揚泉すべきであるが前記一号試掘泉付近は浅層泉源に直接影響を与えるので同所での掘さくを避けて、同第三号(山口市大字下宇野令三〇九番地)、四号(同市大字下宇野令一、三六六の三)試掘泉付近の深層から着手し深層泉源相互の影響に留意しつつ掘さくを進めるべきであるとの具体的報告をした。そこで昭和三四年七月山口県、山口市は、つるや旅館藤村暢三外七名の発起人により、従来の所有泉源を廃止し地域の中心に高温の泉源を求め、合理的かつ適正な配給制度を実施する目的をもつて創立された後記湯田温泉配給協同組合との間で、深層泉源の利用方法を協議したが、その協定によれば、温泉の掘さくは山口市が行ないこれを管理し、右配給協同組合が温泉の配給事務を担当し、その配給先および配給量については山口市湯田温泉配給委員会の決定によるものとされた。その後、山口市所有第一ないし第五号温泉が順次掘さくされてこれらから揚泉される高温の温泉と、右組合員所有泉源から揚泉される低温の温泉とを混合して五〇度前後の温泉とし、これを必要とする浴場に前記のごとき方法で配給を開始し、更に同第八号ないし一三号温泉を掘さく揚泉しその一部ずつを右用途に供して配給量を増加してきた。かくして湯田温泉業者の多くがかような配給制の利益を受けるに至り、右配給機構を利用しない者は、十分な泉温を独自に保持しうるもの以外に原告らを含む配給を受ける意思のないもののみとなつた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果はにわかに採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

六、泉温低下とその原因

成立に争いのない甲第一九号証、同甲第四九号証、同甲第一七〇号証の一ないし一〇、同甲第一八八号証の一、二、第一八九号証の一、二、同甲第一九六号証、同乙第二号証の一ないし四、同乙第九号証の一ないし四および前記四(湯田温泉の地質構造)冒頭記載の各証拠ならびに調査嘱託回答書を総合すれば以下の事実が認められる。

浅層泉源地帯における平均泉温は、昭和一一年に四八・四度を有していたものが年々一度近くずつ低下し、同一八年四四・三度、同一九年には四四・一度となつたが、同二四年四九・二度に回復したところ、その後再び年一度内外の割合で低下し続ける状態に陥りながら前記深層泉源掘さくに至つた。一方、浅層泉源地帯の一日平均揚泉量は、昭和一一年に八五四トンであつたのが年々増大し、同一八年九月には一、八五四トンに達したが同一九年には前年の約四分の一に節減したところ、同二三年には八〇六トンとなり、翌二四年一、一五八トンに増加する現象を来たし、同三三年には二、五二〇トンにのぼつた。右事実と成立に争いのない甲第一五号証を照らし合わせると、昭和一九年から電力使用が規制されたため揚泉量が一時極端に減少し、これに対応して泉温が回復したことが明らかであるが、その回復は直ちには現われずに、むしろ、過去の揚泉量の過大によるいわば余後効として同年は前年より更に〇・二度低下し、泉温はその後遅れて序々に回復したものと考えられる(前記甲第二号証、同四〇号証中の「湯田温泉の消長とその開発」と題する報告部分)。また、成立に争いのない甲第一一二号証の一ないし四、第一一三号証のA、第一一三号証のB一、二、第一一四号証、第一一五ないし第一一九号証の各一、二、第一二〇号証のA、第一二〇号証のB一、二、第一二一ないし第一二三号証の各一、二、第一二四号証、第一二五ないし第一三〇号証の各一、二をあわせ考えると、深層泉源の開発後においても錦川沿いの浅層泉源地帯においてしばらくはかなりの数の公共的利用許可がなされ、これにともない全揚泉量の増加があつたことが推測される。かような泉温低下、揚泉量増加(入湯客の増加にもとづくものと認められる)の状況および前記五(湯田温泉の開発)記載のとおりいくたびかの科学的専門調査においていずれも揚泉量をひかえるべきことが指摘されていたことなど諸般の事情を考慮すれば、浅層泉源地帯の泉温低下の要因が、湯田温泉地区の過去の浅層における揚泉量が湧出量に比し過大であつた点にあることは、あらためて証人松下久道、同高橋英太郎の指摘供述をまつまでもなく容易に首肯しうるところである。

右各証人の証言によれば、泉温低下のその他の原因として、温泉水道(みずみち)の変化、パイプの腐触による地下水の混入、パイプ内の沈澱物、降雨量の変化、土木工事や冷暖房用の地下水揚水および水田の宅地化による地下水の減少、地盤の変化等があることが認められる。したがつて、これらも相俟つて泉温低下を招来しているものと認められる。

そこで更に、一般的に各種許可処分との関係で右揚泉量増加をもたらした原由を審究するに、温泉を湧出させる目的での泉源掘さくは、これが自噴せざる以上、動力装置による揚泉をしてその目的を達せざるをえないのであるが、弁論の全趣旨によれば温泉の大量使用は湯田温泉地区に関するかぎり旅館、保養所等における浴用にしぼられていることがうかがわれる。しかして、湯田温泉においては、泉温低下のきざしが顕われたころから温泉が自噴する泉源は極めてわずかであつて、深層泉源における掘さくにおいても自噴した時期は掘さく当初の一定期間にすぎないことが証人山口金一の証言および原告本人尋問の結果により認められる。してみると、土地掘さくがそれ自体泉源に影響を及ぼすこともありうるが、揚泉量の増加は、一般的には、動力装置ないし公共的利用が相俟つてその原因をなしているものといわざるをえない。もつとも、動力装置は、自噴しない温泉を揚泉するため必要かつ十分なものを設置せざるを得ないのであつて、揚泉量の増加は右動力の継続的使用によるものであるが、公共的利用はその使用目的の性質上当然に大量使用が予測されるのであるからかような両者の差異を留意すべき必要がある。

七、泉源保護対策

成立に争いのない甲第一二ないし第一四号証、同甲第二〇ないし二二号証、同甲第四五号証、同甲第五一号証、同甲第六三号証、同甲第六五号証、同甲第一三一号証、同甲第一六一号証の一ないし八、第一六二号証の一、二、同甲第一九二号証、前記甲第四一号証の一ないし七、同甲第五六号証、前記証人山口、兼行、高橋、松下の各証言および原告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く)により認められる湯田温泉の泉源保護対策なかんずく温泉採取制限に関する温泉業者および山口県、山口市等関係者の考慮した保護措置は以下のとおりである。

前記説示のごとく泉温の低下が顕著になつたころ、山口刑務所は浅層泉源上流地帯の脇政助所有泉源から分湯を受ける許可申請をなしたところ、被告は揚泉量制限の必要性から右申請を却下し、これを機会に被告は山口県温泉審議会に対し温泉採取量等の検討を要請することとなつた。同審議会は昭和二五年一〇月採取制限措置をとるべき旨を決議したのであるが、その具体的方法に妙案が出ないまま、照内旅館(照内菊松)から若水旅館(東山ヤス)への分湯許可申請がなされこれをめぐつて右審議会内外において種々議論され、結局被告は右許可申請を書類不備として却下したものの、右再申請に対しては、前記のとおり厚生省の温泉法一二条に関する行政指導解釈もあつて、成分が衛生上有害でない限り許可せざるをえないとの判断に至つた。

そこで被告は昭和二八年泉源保護対策として自主的な揚泉量制限方法をいろいろ提案したのであるが(量水器のとりつけ、配給制度の採用、電力メーターの設置、動力装置の能力軽減、汲み上げパイプの縮少等)、温泉業者の意見は四分五裂して一致せず、いずれもその実効性に乏しいものとの結論をえた。その間にも分湯等による公共的利用許可申請は増加し、ついに何ら効果的な泉源保護対策がまとまらないままに、処分を保留されていた右各申請につき本件行政処分(公共的利用許可)をなさざるをえなくなつたのであるが、前記のごとく泉源調査のため昭和三一年一〇月深層泉源を試験掘さくするに及んで同年一二月温泉配給制度を唱えて湯田温泉配給協同組合が設立され、また山口県温泉審議会は湯田問題対策特別委員会を設けて配給制を具体的に検討してその根本方針を打ち出し、前記のとおり配給体制が確立した。その後、右配給制度はもともと温泉を使用していなかつた旅館業者に対しても利用され、これにより分湯方法による公共的利用許可申請を間接的に抑止して、温泉の集団管理方式による泉源保護と利用の適正化がはかられている。

そこで、かような保護対策のもとに、本件各許可処分が具体的にどのような事情下にどのように行われてきたかを個別的に検討することとする。

八、各許可処分における事情

(一)、浅層泉源に関する許可処分

成立に争いのない甲第二八号証の一〇、一七、同甲第三二ないし第三五号証、同甲第三七号証および前記証人山口、松浦の各証言によれば、被告主張第五、四、(四)中「掘さく許可の実情」欄記載の各掘さく許可処分が同欄記載のとおりの事情のもとに同記載のとおりの位置、方法、条件付与においてなされたものであること、成立に争いのない甲第二八号証の一一、同甲第三三号証、同甲第七一号証の一および右各証人の証言により、被告主張第五、四、(四)中「増掘許可の実情」欄記載のとおりの許可事情のもとに同記載のとおりの各増掘許可処分をなしたこと、また成立に争いのない甲第二八号証の一一、一二、一六、一七、同甲第三二ないし第三四号証、同甲第七一号証の一、二および右各証人の証言によれば、被告主張第五、四、(四)中「動力装置許可の実情」欄記載のとおり各許可処分が同欄記載のとおりの必要性、馬力、使用方法をもつて与えられたものであることが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は右各証拠にてらしにわかに採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

ところで、別紙第一、第二目録記載中の各公共的利用許可処分は、前記三(公共的利用許可の基準)説示のとおりその成分が衛生上有害でないかぎりその申請を許可すべきものと解すべきところ、成立に争いのない甲第二八号証の一五ないし一七、同甲第三二号証、同甲第三四号証、同甲第七一号証の三および前記証人山口の証言によれば、右許可申請に対してはその申請書に加えて山口保健所作成にかかる使用温泉の成分検査結果副申書を提出せしめ、同保健所の衛生上支障なしとの判定をもとに右各許可を与えたものであることが認められ、右副申書以外に当該温泉の成分の有害性を判断する資料の存在は本件全証拠によるも認めがたいのであるから、右公共的利用の各許可処分はすべて適法といわざるをえない。

そこでまず各掘さく許可についてみるに、掘さく許可一一件のうち新掘さくは山根良一に対する許可処分一件のみであり、右泉源は錦川沿いの浅層泉源地帯から北にはずれた場所に位置し、その余の掘さくは前記のとおり代替掘さくにすぎず、増掘許可三件は前記のとおりその周囲の温泉井の深度より深く掘さくしないこと等の条件を付しているのであるから、原告ら所有泉源の泉温への影響を極力避けるよう配慮されているものといいうる。また、動力装置一二件については、前記のとおりの予備動力ないし代替設置であつて、従来の湧出量を増加せしめるものではないのであるから、右掘さく同様に原告ら所有泉源の泉温への影響を極力避けるよう配慮されているものといいうる。加えて、前記六(泉温低下とその原因)説示のとおり浅層泉源地帯の泉温は昭和二四年以後逐年平均一度内外の割合で低下していたのであつて、前記乙第二号証の三、四、同第三号証によれば、浅層泉源に関する各許可処分当時を境いに原告ら所有泉源所在の浅層泉源下流地帯を全体としてみれば、その平均泉温に目立つた変化はうかがわれないところ、浅層泉源に関する各許可処分前の昭和二九年三月当時と深層泉源に関する各許可処分の実質的影響の出る直前と認むべき昭和三四年一月当時との泉温の変化を原告ら所有泉源についてみるに、野田俵吉所有泉源の俵屋では四五度が三八度に、亡藤井兵太相続人共有泉源の緑屋、ふるかど、千登世ではそれぞれ三六・三度が二九度、四〇度が二九・五度、三二・五度が二四度に、株式会社かめ福(かめ福)では四三度が二六度となつていずれも低下し、岡部恭介所有泉源の工業クラブについては該当時期の比較すべき相当資料が不充分であるが、前記甲第四〇号証によればこれに最も近い調査時期である昭和三三年九月当時との泉温の変化は四六度が二〇・三度となつていることが認められる。ところが、右亡藤井兵太相続人共有泉源のうち富士の家については、昭和二九年三月以後もほぼ低下の一途をたどり、同三二年七月には二六・五度に衰えたものであつて、これが同三三年九月には三九度となり、同三四年一月も同温を保つているごとくであるが(乙二号証の四参照)、わずか一年余りの間に実に一二・五度の上昇を見たこととなりこれが保たれたのであれば、附近泉源の泉温が一様にかなりの割合で低下していることに徴すると極めて特異な現象といわざるを得ず、かような泉温上昇は、証人松下久道の証言により明らかにされた水道の変化によつて引き起こされた一時的なものではないかと考えられるのであつて、右泉源が昭和二九年以前の泉温に回復すべき他の特段の事情が認められない状況のもとにおいては、右泉温の上昇は一時的な現象であつて実質的な温度は昭和三二年七月当時の二六・五度内外に衰退していたものと見るのが相当である(ちなみに、成立に争いのない甲第一七〇号証の三によれば、同泉源の昭和三四年一月の泉温は二九度となつており、少くとも当時三九度の泉温を保持していたかは疑わしく、右甲号証記載の温度が実際のものに近いものと認められる)。

ところで、既に説示したように、公共的利用許可は衛生上有害でないかぎり(かりに結果として、泉源の温度低下を招来することがあつても)、適法といわざるを得ないところ、浅層泉源地帯における泉温低下の要因が同地帯の著しい揚泉量の過大に存し、各種許可処分のうち従来の揚泉量を過大ならしめた主たる原因はそれまでの公共的利用許可にあつたと認められることも既に説示したところから明らかであるから、右のごとく原告らの泉温の低下を引きおこした原因は、適法といわざるをえない公共的利用許可に多く起因したと認めるほかはない。のみならず、前記六(泉温低下とその原因)の項で泉温低下のその他の原因として説示した温度低下の諸要因のあることを考慮すると、浅層泉源に関する各種許可処分のうち公共的利用以外の掘さく、増掘、動力装置の各許可処分(これらが原告ら所有泉源の温度への影響を極力避けるよう配慮されたものであることは前記説示のとおりである)が原告らの泉温低下に寄与したと断ずることは困難であるし、かりに寄与したとしても微々たるものであろうと推測される。しかして掘さくないし動力装置がなされる以上、既存の温泉井に多少の影響を及ぼすことがあるのは事理当然であつて、温泉採取権の性質に鑑みれば、いささかの影響がある場合にもその許可をしてはならないものと解すべきではないから、ある程度の影響はこれを受忍すべきであるというべきである。

してみると、浅層泉源に関する各種許可処分をもつて違法となすことはできない。

(二)、深層泉源に関する許可処分

成立に争いのない甲第八七号証の一、二、同甲第八九号証の一ないし六、第九〇号証の一ないし三、第九一号証の一ないし四、同甲第九五号証の一、二、第九六号証、同甲第一〇五号証の一ないし四、同甲第一三四号証の二、同甲第一三七号証、同甲第一三九、第一四〇号証、同甲第一四五号証、同甲第一四七号証、同甲第一四九号証、同甲第一五三号証の一ないし五、第一五四号証の二ないし六、第一五五、第一五六号証および証人井上政次、中山益恵、前記兼行、吉川、松浦、松下、高橋の各証言によれば、深層泉源の掘さくについては、まず昭和三一年九月から約三年間にわたる泉源調査のためテストボーリングが必要となり、右調査団の専門学者の意見にしたがい、附近浅層泉源に影響を及ぼさぬよう既存温泉井から適当な間隔を保ち、かつ浅層泉源への影響の少ない地点を選んだうえ、昭和三一年指令薬一五四九号をもつて山口県、山口市に対する掘さく許可処分がなされ、引き続き前記調査報告書(甲第四〇号証)記載のとおり、第一号試掘泉附近を避け同第三、第四号試掘泉あたりから着手し、深層泉源の相互の間隔を一応一〇〇メートル(但し、山口市所有第一、第二、第三号泉のそれぞれ間隔は七〇メートル、九五メートルとなつている)以上を保ち、また附近深層泉源相互間の温度、湧出量の影響を留意して掘さくすべしとの専門学者の勧告に則り、右調査に関与した専門地質学者の意見に従い温泉審議会の答申をえてこれらの助言どおりに山口市に対する前記掘さく許可処分がなされた。ところが、右各泉源はかなりの深さに掘さくされているため、掘さく当初からないしその後しばらくしてから温泉が自然湧出しなくなり動力装置の必要性が生じ、それぞれ試験揚泉を行なつて附近深層泉源に及ぼす影響を調査し、右同様専門地質学者の意見によりその安全性を確認した後山口市に対する前記動力装置許可処分がなされたのである。以上の事実を認めることができ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

また、前記のとおり湯田温泉配給制度は山口県、山口市、湯田温泉配給協同組合間において、深層泉源の掘さくは山口市が行なう旨の協定がなされ、私人に対してはこれを許さない方針により温泉の有効な利用および泉源の保護を達せんとしたものであるが、成立に争いのない甲第九二号証の一、第九三号証の一、第九四号証の一、二、同甲第九八号証、同甲第一〇〇ないし第一〇三号証の各一、二、同甲第一〇四号証、同甲第一〇六号証の一、二、第一〇七号証の一、第一〇八号証の一、第一〇九ないし第一一一号証の各一、二、同甲第一三八号証、同甲第一四一ないし第一四五号証、同甲第一四七ないし第一五〇号証および前記証人山口、井上、兼行、高橋の各証言によれば、右山口市所有泉源の掘さく処分がなされた後の昭和三六年二月二〇日以後国家公務員共済組合に対する掘さく許可以下別紙第三目録記載の山口市以外に対する各許可処分がなされ、右各許可処分の掘さく場所については、昭和三六年新たに掘さく規制区域として朝倉川南側、朝倉通り東側の山口市所有泉源地帯ないし錦川沿い浅層泉源地帯が指定され、右区域外における掘さく、動力装置のみに限定し、前記報告のとおり泉源相互間の間隔を保つべく配慮され、動力装置に際しては相当期間の試験揚泉を行なつて附近泉源への影響が調査されて、いずれも温泉審議会の答申および専門地質学者の指導の下になされたものであることが認められる。

そこで山口市所有泉源に関する各許可処分につき検討するに、かかる深層泉源掘さくないし動力装置許可処分をなすにあたり、前記説示のとおり専門学者の科学的かつ具体的な調査報告が、深層泉源の掘さくは一定場所を除いて浅層泉源に殆んどその影響を及ぼさないとの結論を下し、被告が右各許可処分をなすにあたり右調査報告に関与した専門地質学者の意見を徴し、かつ右報告に忠実に実行したものであり、また、山口市以外に対する掘さく、動力装置許可処分については、右山口市所有温泉のごとき公共目的をもつてなされたものではないが、掘さく場所は朝倉川と錦川沿い間の従前の温泉地帯をさけて、既存温泉井に影響なきよう配慮されており、右山口市所有温泉と同様に調査報告どおりの泉源相互間隔を保ち、試験揚泉検査も経て、専門学者の具体的意見を徴するなどの事情のもとになされたものなのである。翻えつて考えるに、前記第五、二(本件許可処分の性質)の項で説示したごとく、既存の温泉井に影響を及ぼすかどうかの認定は、専門技術的な知識を必要とする判断事項であつて、現在の影響のみならず将来の予測をも含む微妙な判断であるから行政庁の裁量権に属し、その裁量権を逸脱しないかぎり違法視することのできないものであるところ、深層泉源の開発は、右のごとく専門学者によるかつてない大規模の科学的合同調査にもとづく意見に従い、既存の温泉井への影響は殆んどないとの判断のもとになされたものであつて、事実も深層泉源の開発が既存井へそれほどの影響を及ぼしたとは思われない。すなわち、深層泉源開発の実質的影響が表面化する直前と思料される昭和三四年一月以降現在(同四六年一月当時)に至るまでの浅層における原告ら所有泉源の泉温変化をたどるに、前記乙第二、第九号証の各三、四によれば、俵屋では三八度が三六度、緑屋では二九度が二八度となりいずれもその期間の割には極めて少ない低下であるものとみられ、ふるかどは二九・五度が二〇度になつて年平均〇・八度、富士の家では二六・五度ないし二九度(前説示のように、同泉源の昭和三四年当時の実質的な泉温はこの程度であつたものと認められる)が二〇度(但し、同四四年三月当時)になつて年平均〇・八ないし〇・五度、千登世においては二四度が二〇・三度(但し、同四三年四月当時)、かめ福は二六度が二一度になつていずれも年平均〇・四度、工業クラブでは、比較すべき資料が充分ではないが、前記甲第四〇号証および原告本人尋問の結果によれば昭和三四年一月に二〇・三度であつたものが同四五年六月当時一八・九度となつてそれぞれ低下しているのであるが、右のようなその低下の割合は、年平均一度内外の低下という、深層泉源開発前における浅層全体の従来の傾向に比してむしろ、はるかに小さいものということができる。このように原告ら所有泉源の深層泉源開発後の温度低下の傾向が深層泉源開発前の低下傾向よりむしろ、小さく、それとても、前認定の如く深層開発後もしばらくつづいた浅層における大量の公共的利用許可にともなう揚泉量の増加が一因を与えておるものと推認され、また、既述のとおり、土木工事や冷暖房用の地下水揚水および水田の宅地化による地下水の減少その他の温度低下の諸要因があることおよび深層泉源の開発が浅層泉源への影響をできるだけ避ける方途を選んでなされたことを考慮し、以上の諸事実と証人高橋英太郎、同松下久道の各証言を総合すれば、深層泉源の開発自体が右泉温低下に与えた影響の割合はあまりなかつたのではないかと思料されるから、結局、原告らの所有泉源の温度低下は深層泉源の開発によるものと断ずるには至らない。かような事情を総合すると、深層と、浅層とがその基礎を同じくする以上、相互影響は全く否定することはできないが、原告ら所有泉源に受忍の限度をこえる不利益を与えたものと断ずることはできないものであつて、深層泉源に関する各種許可処分をもつて違法とすべき理由はない。

九、温泉審議会の構成

原告は、山口県温泉審議会が湯田温泉地区を代表する業者を同審議会委員に選任していないからかかる審議会の意見を徴してなされた本件各許可処分は違法、無効である旨主張するが、右審議会は諮問機関にすぎないうえ、山口県温泉審議会条例三条一項は温泉に関する事業に従事する者を委員に委嘱すべきものと定めているにすぎないから、特定地域の温泉使用者をその代表に選任しなければならないと解すべき理由はない。原告の右主張は主張自体失当である。

(結論)

以上のとおりであるから、原告の本訴請求のうち、別紙第三目録中脇政助に対する掘さく許可処分および国鉄に対する動力装置許可処分の取消しを求める部分はいずれも不適法であるから却下し、その余の原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 小川喜久夫 遠藤賢治)

(別紙省略)

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